謎ときガルシア=マルケス 感想

内容(「BOOK」データベースより)
現実と幻想が渾然と溶け合う官能的で妖しい世界―果たして彼は南米の生んだ稀代の語り部か、壮大なるほら吹きか?生まれ育ったカリブ海の日常生活に潜む底抜けなユーモアのセンスを手がかりに、ラテンアメリカ文学の魅力を『ドン・キホーテ』のスペイン語文学、さらにはコロンブスの“冒険心”にまで溯って、縦横無尽に解読。数々のマルケス作品を翻訳した著者が世界的文豪の発想力の原点を解き明かす。

この本のタイトルは『謎ときガルシア=マルケス』なのですが、内容としては、ガルシア=マルケスという作家を生んだラテンアメリカという背景の説明と、ガルシア=マルケス自身の伝記、そして作品ガイドが含まれています。
ガルシア=マルケスという作家は、日本や西欧からみれば「特異な作品世界」を持っているのですが、それは、彼自身だけが持つ特徴ではなく、ラテンアメリカという地域の伝統に根ざしたものであり、それと同時に、ガルシア=マルケスもヨーロッパの文学や、日本文学にも影響を受けていたのです。
ガルシア=マルケスは、若い頃ヨーロッパに滞在し、前衛主義運動の影響を受けています。
この本のなかには、『わが悲しき娼婦たちの思い出』という作品が、川端康成の『眠れる美女』に触発されたものであることも紹介されています。

 これほどさように、新大陸は《発見》征服時代から現代にいたるまで、歴史、自然、何もかもが驚異に満ちている。コロンビア出身の作家で、1982年にノーベル文学賞に輝いたガブリエル・ガルシア=マルケスはプリニオ・アプレーヨ・メンドーサとの対談『グアバの香り』(岩波書店)の中で、新大陸のそうした特徴について次のように述べている。

 ……ラテンアメリカでふつうに暮らしているだけで、現実は途方もないことで溢れていると教えられる。そのことについて語る時、ぼくはいつも北米の探検家F・W・アップ・デ・グラフ(1873-1927。アマゾン地方の紀行文の著者として知られるアメリカ人)の文章を引用することにしている。彼は19世紀末にアマゾン地方を旅して、信じがたいような経験をしたが、なかでも沸騰している湯の流れる小川や、人の声ですさまじい豪雨が降りはじめるのを目にした。アルゼンチンの南端にあるコモドーロ・リバダビアでは、南極から吹き付ける風でサーカスの一座が丸ごと吹き飛ばされ、翌日、漁師たちが網を引き揚げると、中にライオンやシマウマの死骸が入っていたそうだよ。


マジックリアリズム」という言葉が使われる、ラテンアメリカ文学の世界なのですが、それは、「信じられないようなことが起こること」と「それを違和感なく受け入れてしまう人々」によって織りなされているのです。

 ミゲル・アンヘル・アウトゥリアスという作家のこんな話が紹介されています。

 彼はある対談で宗教的、祭儀的な素地のあるマヤ族や混血の人たちを取り上げて、彼らには魔術的な想像力が備わっていて、雲や岩が人間、あるいは巨人に姿を替えることがあると述べたあと、こう続けている。

 たとえば、泉へ水を汲みにいった女が深い淵に落ちたり、男が落馬したとします……。その場合、彼らは女性が淵に落ちたとは考えないのです。淵がその女性を蛇、あるいは泉に変える必要があった、だからその女性を呼び寄せたのだと考えます。落馬した男の場合も同じで、いつもより酒を飲みすぎたために落馬したのではなく、馬から落ちた時に頭を石にぶつけて割れたのなら、石が彼を呼んだのであり、溺れ死んだのなら、川、あるいは小川が彼を呼び寄せたのです。……《魔術的リアリズム》がインディオ特有の心性と深く結びついていることは言うまでもありません。
 右の言葉からも分かるように、アストゥリアスは従来顧みられることのなかったマヤ族のものの見方や考え方を、作品の中で堂々と自信を持って表現できるようになった。彼が先ほど述べたような作品を書くことができたのは、かつて手本にしてきたヨーロッパ的な視点からではなく、自分自身の目で新大陸を、神話、伝説に彩られたインディオの世界を新たに発見したからにほかならない。


こういう《魔術的リアリズム》というのは、「土俗的で、非文明的な考え方」だと、西欧的な世界からは軽蔑されてきました。
それは、ラテンアメリカという土地が、ヨーロッパに支配されてきた歴史とも重なっています。
マジックリアリズム文学というのは、世界に対して、ラテンアメリカがその独自性を主張する行為でもあり、「自信の回復」にもつながっていったのです。
そして、「科学を追究し、物語を失ってしまった西欧社会」のほうが、この「物語の力強さ」に魅力を感じるようになりました。

周囲に同世代の男の子がおらず、祖父母に育てられた、活字を愛する少年だったガルシア=マルケス
彼は驚異的な記憶力を持っており、幼少時に田舎で耳にしたさまざまな話が、彼の後世の作品に生きています。

ガルシア=マルケスが『百年の孤独』にとりかかったときに、こんなエピソードが紹介されています。

(『百年の孤独』を)書くのにそれから15年ほどかかった。それなのに納得できる語り口がどうしても見つからなくてね。ある日、メルセーデス(妻)と子供たちを連れてアカプルコへ行こうとした時に、ふと祖母が話を語って聞かせてくれたように語ればいい、つまり息子が父親に連れられて氷がどういうものか見に行くあの午後からはじめればいいんだとひらめいたんだ。

 ――線的な物語だね。

 そう、線的な物語で、異常な出来事がごく自然に日常的な世界の中に入り込んでくる。

 ――車で向こうへ行く途中でUターンして、あの小説を書きはじめたって話は本当?

 そうなんだ。結局アカプルコへは行けずじまいだったよ。


奥様と子供たちが、この「Uターン」に際して、どんな反応をしたのか、凡人たる僕にはちょっと気になるのですが……
このくらいの情熱がないと「書けない」のだろうなあ。

 ハイチのデュヴァリエ博士(注:1907-71)、《パパ・ドク》とも呼ばれたこの独裁者は、自分の敵のひとりが追手の手を逃れて黒い犬に変身したというので、国中の黒犬を一匹残らず殺すように命じた。イギリスの哲学者カーライルが研究対象にしたほど優れた哲学者として知られるパラグアイのフランシア博士(注:1766-1840。パラグアイの政治家、哲学者)は国全体をまるで家であるかのように考えて、外部に対して国を完全に閉ざし、その上で郵便物が届く窓だけをひとつ開けておいた。神知論者として知られるエル・サルバドールのマクシミリアーノ・エルナンデス・マルティーネス(注:1882-1966)は、国中の街灯を赤い紙で覆わせてハシカの流行を食い止めようとし、食べ物に毒が入っていないかどうか調べるために、食事の前に料理の上で揺らす振り子を発明した。ベネズエラの独裁者フアン・ビセンテ・ゴメスは恐ろしいほど直感が鋭く、千里眼と言ってもいいほどの予知能力を備えていて、二十七年間ベネズエラに君臨し、独裁者としては珍しくベッドの上で大往生を遂げた(『族長の秋』で語られている、大統領が死去したという嘘の情報を流し、民衆が歓喜しているところを銃で撃ち殺させたのはこの独裁者が実際に行ったことである)。ニカラグアのアナスタシオ・ソモーサ(注:1896-1956。独裁者として国を支配したが、1956年に暗殺された)の官邸の中庭には動物園があり、そこに並べられた檻には中央に鉄格子がはまっていて、かたほうに猛獣が入っており、もう一方に彼の政敵が閉じ込められていたとのことである。


この本を読んでいると、ラテンアメリカの文学はもちろんなのですが、その「現実」にも圧倒され、絶句してしまうところがあるのです。
こういう「おとぎ話のようにすら思える、独裁者のエピソード」を集め、ガルシア=マルケスは『族長の秋』を書きました。
もちろん、独裁者の横暴は、ラテンアメリカだけのことではないのですが……

ガルシア=マルケスといえば『百年の孤独』『族長の秋』くらいしか僕には思い浮かべられなかったのですが、この本を読み、その人物やラテンアメリカ文学の世界に触れてみて、「もっと読んでみたい」と思うようになりました。

 著者は、ガルシア=マルケスの訃報を受けて、この本の終わりを、こう締めくくっています。

 そういえば、スペインの王立学士院が2004年に出版四百周年を記念して『ドン・キホーテ』の一般向けの版を出版した。そして、その三年後の2007年に出版四十周年を記念して、『百年の孤独』の新しい版をコロンビアの学士院が出している。単なる偶然の一致と言えばそれまでだが、ぼくにはセルバンテスとガルシア=マルケス、この二人の天才が四百年の時を隔てて袋小路に入っていた小説というジャンルを新たに蘇らせたように思えてならない。